2013/11/17

いじめと環境









おはようございます










今日はいじめ問題について自分なりの考えを書きたいと思います










僕は最近その真意に気づいたのですが、元来すごく繊細な部分があり










学生時代それがとても苦しかった時期がありました










特に思春期、中学生時代それは最高潮だったように思います









クラスの誰か(特に女子)が隅っこでこそこそ自分の話をしている・・・なんや・・・どう思われているんや・・・









みたいな。












なぜか僕は女子とどう喋っていいのか分からず、男子だけでいつも絡んでいました












最近特に繊細な世の中になり、繊細な人は周りに多く見てきましたが、飛び抜けてそうじゃない人










は少ないような気がします











これは、いつでも誰かが悩んでいる可能性があるということです










ではどうすれば学校での疎外感や、いじめのようなことが減るのか










僕は今ROLFINGの学校にいますが、そこでの学びはいいサンプルだと思っています










① コミュニティーを完全に安全な場所だと認識させる

② 本人の気持ちをシェアさせる

③ こうでなければならないという概念を教師が捨てる





いじめのようなコミュニティーの中で起こる事は、対個人で考えると行き詰ってしまいます









例え一グループからいじめられていても、クラスでの安心感があればその子は









違う場所を見つけられるでしょう








これを実践するには大人の関与が必要不可欠です。やはり教師の責任は重要です。









がしかし、よくいじめは親にも問題があるという事を耳にします









もちろん、親が与える子供への環境、遺伝子はそれに作用します









ですが親も子供と成長する過程であり、また先生も同じである事から









誰も完璧ではありません。人に全てを求めても不可能です









ではどうするか??コミュニティーの中での外枠を教育委員会が作り、教師は見守り









子供たちが誰も他人をジャッジしないようにジャッジするのです










ただそれだけの事です










ざっくりと外枠とか言いましたが、一日に何分かその時間をクラスに与える









で、何をするべきか。その際教師はどのようなスタンスでいるか?









ゴールはどこなのか?どう修正していくのか?など誰でも解るように資料を作り配布する











口でシェアできない子供が多ければ、日記を書かせその日記は自分の内側を










注視させるような題名を与える、成長するんだという所に焦点をあて










あがってきた事をクラスで先生からシェアする事で










子供の居場所を作るのです











重要なのはクラス全員の意見を吸い上げるということです。おしゃべりの子だけが発言するような











ものではなく、おしゃべりの子が周りの子を発言させる雰囲気にさせるように












導いてあげるのが教師の役目だと思います













勉強を教えるのはそれからで十分です










自分の居場所に安心した子供たちの学習スピードは以前とは比べ物にならないでしょう










そしてそれは出来れば小学校で行われるべきです









当然異性を異性として意識しだす中学生辺りからシェアする事をやりだす









よりもより簡単に子供は適応できるでしょう










これは何も学校に限らず、大人社会でも同じことだと思います










僕は幸運にも2児の父親です










家庭でどのように子供の居場所を作ってあげればいいか









自分も含めた周りの環境が作りだす子供の反応に敏感になり









修正しながら子育てしていきたいと思います

2013/11/12

in Singapore







こんにちは








最近シンガポールに行って来ました









Unitの間4日間のお休みを利用して









初めは大学時代の友人と行く約束をしていたのですが









都合が合わず一人で









さらに友人ROLFERから聞いた、より身体の構造も思案する太極拳









のマスターに弟子入りする約束も、マスターの急な発熱により却下orz









という波乱の幕開けでした









結局街をふらつき、ローカルな場所で御飯を頂き








という繰り返しで2.5日を消化








バリに帰国しシンガポールはどんな場所だったかと聞かれた時








まず狭い国であると。








僕の友達の世界各地を旅しているT・Y君は









同じ国の最低二つの場所へ行かなければ、その国を知った事にはならない









と何度も僕に話してくれました








僕はROLFINGに出会うまで海外未経験者でした








しかも初海外がコロラド州、ボルダー








ボルダーというのは知る人ぞ知る普通ではありえない程









平和で美しい街です









アメリカに住む人はあそこはアメリカじゃないというぐらいです









バリも観光地ですから









僕はまだ本当のアメリカやインドネシアを知らないのかも知れません









その前に日本で行ったことがない県も多い









今回僕が感じたことは、国土が広いというのは素晴らしいということ









日本がこれだけの国土をず~っと保持し










存在している事への尊敬









日本より小さな国に初めて訪れてそれを感じた










しかもシンガポールはその小さい土地に多くの異なる民族









が暮らしており、地下鉄での何人か解らない度合いは半端ではない









他国を批判するつもりは毛頭ない









ただ、わかっていた事だけど、自分の当たり前は他の人にとってはそうではないのだ









たとえ日本人どうしでも









国が違えばなおさら、文化、宗教が違う国を訪れる事の意味は









世界において自国のモヤモヤした存在をより明確にし









自分が日本人として生きる事をリアルに感じさせてくれるものですよね











3ヵ国目 シンガポール












まだまだ謎の小さな国シンガポール











太極拳のマスターにはぜひ会ってみたいし









近いうちにもう一度シンガポールを訪れるのは間違いないでしょうね